石棚のある古墳 ① ~岡峯古墳~

今シーズン初めての古墳開錠。奈良県は吉野郡下市町に所在する岡峯古墳。以前から興味があり、五條市の南阿田大塚山古墳などの探索後、どうしても実見してみたい思い止まず、下市町の教育委員会にメールをしたところ快諾していただいた。
しかし、この日はあいにくの雨。古墳の開錠をお願いした日は、何故かしら雨が降る。僕が雨男なのか、いつも同行しているIさんが雨男なのか、はたまた、別の要因があるのか。全くの謎である。(笑)

下市町の教育委員会の方に、扉を開けていただき、いざ突入。

岡峯古墳は、6世紀の後半から末頃に築造された径18mほどの円墳で、その中に長さ6mの横穴式石室を持つのだが、それが、奈良や大阪などで見慣れた横穴式石室とは全く異質とも言えるような石室の構造になっている。
緑泥片岩を積み上げて石室を造っており、特に戸惑うのは、普通、畿内の古墳は、羨道と玄室というシンプルな構造なのに対し、岡峯古墳は、羨道があって、玄室との間に「玄室前道部」という狭い空間があることである。
しかも、石室に入るのに、ななめ下に降りていかないといけない仕組みになっていた。

覆屋の中に入って、古墳の羨道を進んでいくと、一旦「玄室前道部」でさらに狭くなり、そこから玄室に入ると急に視界が開け、開放的な空間になったかと思うと、目の前に石棚があり、さらにその下に組合式の石棺が置かれていた。

このような古墳、何処かあったなあと思っていたら、和歌山県の岩橋千塚古墳群でいくつかこんな古墳を見たことがある。
岩橋千塚古墳群も岡峯古墳同様に紀ノ川の流域にあり、文化的にもこれらの地域の影響があるのだろう。

最近、古墳を回っていて思ったのだが、ひとえに大和と言っても、おそらく大和(天理、桜井周辺)、葛城、宇陀、吉野と四つぐらいの文化圏に分かれそうな気がする。
この岡峯古墳の様に戸棚がある古墳は、奈良県下では、三つしか見つかっていないそうだ、一つは、お隣の大淀町にある槙ヶ峯古墳、もう一つは、平群町の三里古墳である。ただ、三つの中でも、岡峯古墳のインパクトは強い。戸棚の下に石棺が残っているのが凄い。石室の側壁に石棺の蓋石(?)らしきものが立てかけられていた。

緑泥片岩が造る独特の雰囲気もあり、これは、いいものを見せていただいた。雨の中、外で下市町の職員の方が待っているのにも関わらず、かなり長い時間古墳の中で盛り上がってしまった。(大変ご迷惑をおかけしました。)

また、出土品の素環頭柄黒漆太刀の環頭部には最古の唐草文様が象嵌されていたそうだ。
これは、万難を排して、見に行くべき古墳と言えそう。雨降りしきる中、行って良かった。

